アフターケア事業「ゆずりは」

自立を「余儀なくされる」子ども達

「家庭」という誰もがあたりまえに持つと思われがちな基盤を持たない子ども達は、 自立に向けての船出の時点で、すでにさまざまな困難を抱えています。

学校を卒業したら、働く。それは、日本の多くの青年にとっても当たり前のこと。「私だって就職してからは親を頼っていない」という人も多いでしょう。けれど、就職や家を借りるための保証人が必要でも独り。怪我や病気で働けなくなっても独り。トラブルに巻きこまれても独り。

ちょっと一時的に身を寄せる実家もなく、ちょっと相談出来る親もなく。

「どんな困難も独りで解決して、日々の生活費、月々の家賃をコンスタントに稼ぎ続けなければ衣食住すらままならなくなる」というレベルの「自活」「自立」をも、当たり前と呼べるでしょうか?

彼らは生き延びるための「あたりまえ」を持たないだけではありません。長年の虐待や周囲の偏見のために情緒的精神的に不安定になっていたり、健全な人間関係を結ぶことが困難になっている子もいます。自暴自棄になっている子もいます。

そんな子ども達は一見「単なるやる気のない怠け者」に見えても、実は深い無価値感や絶望感に打ちのめされて「もうこれ以上は頑張れない」状態に陥ってしまっているのです。

これだけの困難を抱えた子ども達を「大人になったから自己責任」と突き放すとしたら、それはあまりに過酷ではないでしょうか。

高校や専門学校、大学に行くという選択肢がなく、不利な学歴しか持っていない子もいます。
虐待のために義務教育も満足に受けられず、小中学校で学ぶような一般常識や基礎的な読み書き計算が分からない子もいます。
お金の管理を含め、基本的な生活習慣を身につける機会がなかった子もいます。

過酷な家庭環境で育ったために、適切なしつけや教育を受けられなかった。だけど社会に出てからは、「本人」が役に立たない人、ルーズな人、信頼出来ない人とみなされてしまいます。

一旦は一人暮らしで自立した生活を送り始めたように見えても、ちょっとしたきっかけで生活が破綻してしまう子どもはとても多いのです。きっかけは本当にささいなことです。
病気で働けなくなった。
転職先を見つけるまでにわずかなブランクが開いた。
ちょっとした事故や病気でいくらかのお金が必要になった。
労使間のトラブル。犯罪などのトラブルに巻き込まれた。

一般的な家庭のバックアップがある青年であれば、ちょっとした苦労話、体験談で済む程度のきっかけでも、生活そのものが破綻してしまいかねないのです。